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2019年研修旅行「碓氷峠トンネル群」旅行記  2019.10.13~14


碓氷峠マップ
赤い線が歩いたルート。画像クリックで拡大表示。出典:安中市の観光資料より

2日目、碓氷峠トンネル群と 鉄道文化むら を訪れる 2019.10.14

研修旅行2日目 バス

アルミュールで朝食を済ませた私たち。7:40ごろバスで出発しました。ここから一路、群馬県安中市の 碓氷峠に向かいます。上の写真は宿の駐車場にて。中央のお二人が尾張信長観光バスの運転手さんです。 安全運転ありがとうございます。

しかし、やはり今日も台風の後遺症が残っていました。高速道路も一般道も渋滞や通行止めで難渋しました。 到着した横川駅近くの鉄道文化むら駐車場では、お二人のガイドさんが待っておられ、バスに同乗されました。 NPO法人碓氷峠歴史文化遺産研究会の方々です。お世話になります。これから碓氷峠トンネル群「遊歩道 アプトの道」と鉄道文化むらの見学です。

▶碓氷峠についてのWikipediaを見る。後半に碓氷峠の鉄道についての情報も載っています。

▶碓氷峠鉄道文化むらの公式サイトを見る。

碓氷峠の旧国道18号線も、力餅(ちからもち)のドライブインから先は通行止めでした。当初予定していた 追加指定の文化財(トンネルと橋梁)は諦めて、力餅の駐車場でバスから降りて歩くことになりました。10時半 ごろから碓氷峠トンネル群をめぐる「遊歩道アプトの道」の散策開始です。


  • アプトの道を歩く 「アプトの道」を歩く。道は舗装されていて、歩きやすい。空が広い。
  • アプトの道でガイドさんの話 ガイドさんの説明に耳を傾ける会員たち。


この「アプトの道」ですが、線路敷きだったところは舗装されていて、足元を気にしないで快適に歩けます。 愛岐トンネル群は、というとバラスト敷きのまま。それはそれで趣きがあるのではないだろうか・・・。つい比べてしまう 会員たちでした(笑)。

どのトンネルでも「碓氷峠歴史文化遺産研究会」のお二人が詳しく説明してくださいました。郷土の宝に 寄せる熱い思いが伝わってくるようでした。


  • アプトの道 トンネル全景 このトンネルは抗門のピラスターやウイング部分は石造り。迫り石は4重巻き。要石は無い。
  • トンネルの中 トンネルの中は十分な明かりが付いている。トンネルの壁は部分的に傷んでいる箇所も見受けられた。


結局私たちは1号トンネルから5号まで5つのトンネルを通り、眼鏡橋までウォーキング。 眼鏡橋は、赤レンガで造られた4連のアーチ橋で、明治25年の完成です。川底からの高さは31mあるとか。 「芸術と技術が融合した」とも表現される橋梁を目にし、その壮大さ、美しさ、高度感に圧倒されました。 ここをアプト式のSLや電気機関車があえぎながら登り下りしたのだと思うと、感慨深いものがありました。

この碓氷線の開業までには紆余曲折と難工事が待ち構えていたと聞きます。そして、建設機械のない 明治の時代にこれだけのものを作り上げた人々の労苦を思うと、絶句するしかありません。 明治の人たちの鉄道建設に寄せる思いの深さに感服です。

  • トンネルの抗口は4重巻き さすがガイドさん。知識は生半可ではない。とても詳しく説明してくださった。
  • 眼鏡橋 わあ、これが有名な眼鏡橋か! 巨大なレンガ造り橋梁に目を見張った。


眼鏡橋から歩いて戻った私たち。「とうげのゆ駅」からトロッコ列車に乗車し、鉄道文化むら駅に戻りました。


  • 記念撮影 記念撮影。数名の会員が行方不明(笑)で、撮影に間に合わなかった。
  • とうげのゆ駅でトロッコ列車に乗る アプトの道の散策から戻って、「とうげのゆ駅」から終点の「ぶんかむら駅」までトロッコ列車に乗車。
  • トロッコ列車の車内 トロッコ列車はゆっくりゆっくり走る。座席は木製スノコ貼り。窓はガラスなし。飾り付けも楽しい。まさに 「トロッコ」 の気分。
  • 旧丸山変電所 途中の「まるやま駅」前に建つ旧丸山変電所。碓氷線の電化に伴い明治45年に造られた。 国指定重要文化財。蓄電池室、機械室の2棟のレンガ造りからなる

おぎのやで「峠の釜めし」をいただき、鉄道文化むらで遊ぶ

とうげのゆ駅からトロッコ列車に乗って童心に帰った私たち。次は昼食です。釜めしで名高い 「おぎのや」のドライブインで「峠の釜めし」をいただきました。食事の後は土産を買いもとめる などして、午後は鉄道文化むらで遊びました。 

  • おぎのやの峠の釜めし 昔は横川駅の駅弁として人気の釜めしも、いまはレストランで食するものとなった。器だけは昔懐かしい 焼き物のままだ。
  • おぎのやのショップで買物 ドライブインの1階は土産物などのショップとなっていて、お客で大賑わい。会員たちもいっぱい買い求めた?
  • 鉄道文化むらの入り口。 鉄道文化むらに入場。右奥は眼鏡橋を模したと思われる高架橋で、上を「あぷとくん」というSLが走る。
  • 「刻苦七十年」のモニュメント 「刻苦七十年」のモニュメント。これがアプトのラックレールとピニオンギヤの実物だったのだ。


この旅行記に「アプト」と言う言葉が何度も出てきます。アプトとかアプト式とは何のこと?
信越本線の碓氷峠を越える部分は、とにかく急勾配。最大勾配は何と66.7パーミル(1km走って66.7m登る)という 我が国屈指の急勾配でした。そのためルートの策定や工事などで大変苦労をすることになります。開通当時のSL では車輪が滑って登れないので、採用されたのがアプト式のラックレールとピニオンギヤを使うシステムでした。 当時の鉄道先進国・ドイツで造られたものでした。

ゲート入ってすぐの目立たないところに「刻苦七十年」と刻まれたモニュメントがありました。じつはこれが アプト式のラックレールとピニオンギヤの実物で造られたモニュメントだったのです。ラックとピニオンには、 どちらにも摩滅の跡が残っていて、過酷な使用条件だったことがしのばれます。

「七十年」とはなんのことか? 1893年(開業)~1963年(アプトを廃止し粘着運転に切替)の70年をいいます。
場内に入ると、アプト式ラックレールの実物が敷設されていました。「粘着運転」というのは、車輪とレールの 摩擦を利用した、ごく普通の運転のことですね。

▶アブト式についてのWikipediaを見る

  • アプトのラックレール アプト式ラックレールの実際の敷設状況がこれでよく理解できる。ガッチリしたラックレールが3条。ピニオンギヤは 何枚だろう?「刻苦七十年」モニュメントでは1枚だが。
  • 特急あさまの勇姿 189系特急あさま号が屋外に展示されていた。かっこいい。
  • 鉄道展示館に向かう 鉄道展示館は平成9年の廃線まで研修車庫として使われていたという巨大な建物。ED-42(アプト式),EF62, EF63などが内部で展示されている。
  • 峠の強力 EF63 力強さを誇り「峠の強力」と呼ばれたというEF63型電気機関車。EF62も展示されている。どの機関車もすごい重量感だ。
  • 鉄道展示館の回転変流機 交流1500Vを直流750Vに変換するための回転変流機。当時の電気機関車は直流750Vで動かしていた。
  • アプト式 機関車の下部でアプト式構造を示している。ラックレールも3枚、ピニオンギヤも3枚だったことが見て取れる。

2日間を満喫した会員たち、14:10 帰途につく。


台風19号によりいくつかの予定変更があったものの、ほくほく線やアプトの道、鉄道文化むらを堪能できた 2日間でした。去年の旧北陸線もすごかったが、碓氷峠もすごい・・・。ともに3大廃線トンネル群を謳っている我が愛岐 トンネル群ですが、先輩たちに軽く胸を貸してもらった気分でした。
今後もより一層努力して、愛岐トンネル群を地域の宝、いや日本の宝として保存・再生してゆかねば、と思いを 新たにした会員も多かったのではないでしょうか。

お別れ

ガイドをしてくださった「碓氷峠歴史文化遺産研究会」の皆さま、大変お世話になりました。ありがとうございました。

R18で碓氷峠を越え、軽井沢の町を通り抜け、上信越自動車道の佐久インターから高速道路に入った観光バス。 長野自動車道から中央自動車道を通って、無事、19:45ごろ春日井駅に到着しました。お疲れさまでした。


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